『蝶々夫人』衣裳コーディネーターの仕事
- 2019年12月6日
- 読了時間: 3分
2019年10月本番だった『蝶々夫人』終演後、衣裳クリーニングに出したり、輸出用リストを作ったり…
23箱の衣裳は、やっと次の公演地ドイツへ旅立ちました。

この後小道具等が積まれるのでまだスカスカ
次は2020年4月『蝶々夫人』(宮本亞門演出)ドレスデン・キャストにて再演です。
私の立場、衣裳コーディネーターとは?ですよね。
デザインを実物に起こす生地提案から型出し、制作者探し、公演中のスタッフ手配、
衣裳の全てに関わります。
始まりは、2018年12月帰国中の高田賢三さんを混ぜて、関係者の初顔合わせ。
2019年4月末に賢三さんのデザインが出始め、、
「織る?糸からですか!?」と遅いスタートを焦り、大学時代の友人に相談、
一緒に進んでくれる機屋さんを紹介してもらいました。
その頃、賢三さんの雑誌インタビューに立ち会ったり。
育ち、洋服への道、フランス行き、挫折、ブランド立ち上げ……そして今回のオペラ衣裳デザイン。
「ものすごいプレッシャーを感じています。」
という言葉はそのまま、
「私もプレッシャーどころじゃないですよ。」
って思いでした。

蝶々夫人衣裳用の織物、ファーストサンプルと
蝶々夫人衣裳は、もう1種のデザインも合わせ、3度の直しや調整、
機屋さんは文句も言わず「もっと行けるはず!」と総力を尽くしてくださった!!
デザイン毎に製作者へ声をかけ、生地サンプルを探す。
賢三さんが帰国の度に、生地提案やプリントの技法を話し合う。
滞在中のホテルへキャストを呼び、6月から何度もトワルチェック。
本生地のフィッティングは8月末なのに、気の遠くなる気の抜けない夏を皆で通りました。
8月末に稽古が始まると、演出上の変更に伴って衣裳が増えたり変更が続出。。
身体が3つあれば良いのに~~となり、周りに少しお願いしてみたり…
8月末からの波は数多く、大きかったです。
予算内に納まるのかと…節約してるが不安になり始める9月。
何かを決める時に、賢三さんは「どう思いますか?」と聞いてくれるんです。
その度に私は
大ホールの舞台上で照明が当たった状態を想像して
「客席からは、きっとこう見えるはずだから、こちらが良いのでは」と返事をする。
「じゃあ、こうしましょう」と進んでいく感じ。
私が生まれる前からフランスでブランドを持ち、活躍していた方が
こんなに意見を聞いてくれるというのは、あまり無いですよね。
それだけで、凄い勉強をさせてもらっていると感じました。

東京文化会館で
本番の成果は、SNS等でも流れていた通りです。
賢三さんが望むところの「本物の日本、日本の美意識が表現できれば…」は達成出来たのかな。
日本発信の、日本、ドイツ、デンマーク、アメリカ、4ヶ国の共同制作でした。
武田は暫くインプットの時間に入ろうと思います。




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