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San Francisco Opera 「MADAME BUTTERFLY」2023

  • 2023年6月10日
  • 読了時間: 4分

3月末と5月のゴールデンウィーク、1週間ずつサンフランシスコへ行き、

6月3日初日オペラの準備をしていました。

ブログの題名にもなっている、『蝶々夫人』サンフランシスコ公演、2019年に日本初演だったオペラ。

先日、無事初日を迎えたと聞き一安心、怒涛の3〜5月を振り返ってみようと思います。

昨年末、O1-VISA取得のためHPや経歴を伝えたが、公共の出版物や舞台プログラムで顔写真入りの物が

必要と言われ、年明けから焦って揃える。。

3月26日から合唱の衣装合わせだったので…逆算するとギリギリ

既に決まっていた東京バレエ団『かぐや姫』は4月末公演だったので、その前後に行くという2往復仕事になった。

やっぱり…というか

かぐや姫のスケジュールは推し、出国ギリギリまで外注出しの日々だったけどね〜

人の記憶や感情は72時間で薄れる…と言うが、本当に大変だった記憶がすっかり消えてる…

私は自分だけのグループLINEに、残したい出来事を吐き出すように書くけど

この頃はそんな余裕ゼロ。

サンフランシスコ・オペラは、今年100周年という節目を迎える

中央がシティ・ホール、右が劇場、左がリハーサル室や衣裳オフィスがある建物

左のビル4F廊下、歴史に残る公演やソリスト写真が並び、一般人も閲覧可能

暗証番号でロックされた扉の中に入ると、明るいアトリエが広がってる

衣裳部には、 ボス、スーパーバイザー3人、アシスタント2人

メンズパタンナー(縫製者1人+アシスタント1人)x 2チーム

レディスパタンナー(縫製者1人+アシスタント1人)x 3チーム

縫製者が20人位、

その他、ヘッドドレス製作者、染めチーム4人、靴&小道具担当……なかなかの人数で

常時、3~5演目を廻している。

フィッティング空き時間の談話、

スーパーバイザー(入社19年目)とアシスタント(フリーランスでTV経験後昨年入社)は、

安定を求めてこの場所に来たと言う。

なぜなら

TVや映画の収入は大きいが、常に次の仕事を探さなければならず、波が激しいと。

確かに…先の心配をせずに目の前の仕事に没頭出来るって素敵だよね。

……

私の会社員生活は3年、フリーランスで23年目(汗)、、

退職の時、もう2度と会社員にはならないな…と思った。

でも

会社時代の仲間に今も助けられているから、苦しかった3年間は必然だったと思える。

会社では染色、ヘッドドレス、デコレーションの部門を最初担当、

後にデザインやスーパーバイザーも。

最後はパターン教室にも通わせてもらった。

フリーになり、着物も畳めないのが恥ずかしくて着付け師の資格を取ったり。

海外と共同制作のオペラをするようになり、言葉の壁の大きさを痛感し、日本の仕事を休み

アメリカで映画の仕事をしながら英語も学び直そうと思った。

2年後に悔しさを抱えて帰国した時の事は過去のブログに少し…

合唱の衣裳合わせ、何話してたか。。

サンフランシスコの仕事は14時頃に終わる事も多く(みんなは17:30が定時)

日本の激務と対局すぎて、時間を持て余し

ヴィンテージショップや公園の散歩とフラフラ〜、

1往復目の最終日、教会を見つけて入ったら建築業界で有名な場所だったらしく

妙に落ち着く席で1時間くらいボーっとしてみた。

そのうち

自分で無理をせず、その場にいる事が奇跡に思えて来て、

何だかとても感謝の気持ちで溢れました。

パイプオルガンのせいもあったかな。。


私「映画の仕事したくてLAに16年前来たんだ。グリーンカードを取るに至り、仕事をしようと思ったけど子供が出来て、そしたら前夫がアメリカは終わりだから日本に行きたいって……結局仕事は出来ず日本へ帰国したの。…そんでもって今サンフランシスコで仕事してる(笑)」

スーパーバイザー「そういうもんだよ(笑)」

That's the way.

長文を最後まで読んで下さりありがとうございます。

サンフランシスコの旅記録はインスタのアーカイブに多くの写真でまとめています もし興味のある方はサイドバーにあるリンクからどうぞ。

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